Entry: main  << >>
茅ヶ崎の大山道を歩くイベントの体験レポート
0

     

    農業ふれあい館

     

    UDCCからもご案内しておりました、12月3日の丸ごと博物館まち歩き「茅ヶ崎の大山道を歩く」のイベントに参加いたしました。当日は18人の参加者があり、みなさんも興味が高い大山道であることがうかがえます。

    天気にも恵まれた陽気の中、江戸の行き交う人々を目に浮かべながら「文教大の学生さん」と、知識豊富な「丸ごと博物館のみなさん」の贅沢なご案内で、7Kmの道のりもあっと言う間に過ぎ、楽しい時間となりました。赤羽根は身近な場所ではありますが、大山道を歩くなかで自然豊かな森を横に富士山を望めば、貴重な景色の再発見にもつながります。スマホのカメラではありますが、道中を撮影してまいりましたのでご覧くださいませ。(H.H)

     


     

    ■ごあいさつ

     

    辻堂駅テラスモール湘南に集合です。9時30分出発です。18名は2班に分かれて、夫々に文教大学生ガイドさんが2名、さらに丸ごと博物館のガイドさんと、賑やかな散策になりそうな予感です。注意事項をしっかりお聞きして出発です。

     

    あいさつ

     


     

    ■二宮尊徳の像

     

    テラスモールを歩いてすぐの場所に、あの勤勉な二宮尊徳の像がありました。どうしてここに?の質問も。答えは像の後ろに書かれております。学生ガイドさんからは、今は「歩きスマホ」はいけません。の話もありました。

     

    二宮金次郎

     


     

    ■大山道入口

     

    国道1号の四ツ谷不動。大山街道のいわゆる入口に着きました。

     

    四谷鳥居

     

    すぐ右横の道には、入口を象徴する大山道鳥居があります。当時はこの通り沿いにはたくさんの茶屋が並んでいたそうです。

     

    四谷鳥居

     


     

    ■右野道の石地蔵

     

    分かれ道には道案内が書かれたお地蔵さんがありました。当時は、街道を案内することは、逆に街道ではない道がわかり、人目をさけて休憩するなど役だったようです。

     

    道標

     

    ガイドさんと歩きながら様々なお話が聴けるのは、このようなイベントの醍醐味と言えます。

    昔の人の参拝に対する生活感をお聞きしてみました。昔お参りする人は組織だって参拝に向かう男性も多く、周りの人からお参り用の貯金したお金を集め、指名されたり順番だったり代表としてお参りへと向かったそうです。宿に泊まり酒を飲んだり、茶屋で休んだりと、楽しいお勤めだったようです。

     


     

    ■双体道祖神

     

    ふたり仲良く並ぶ双体道祖神。厄が通り抜けないよう「ふたりで寄り添うように並んでいる」とのことです。かなり古いもののようですが、セメントでしっかり固定されて崩れないように整えられています。

     

    道祖神

     

    進むにつれて、のどかな風景になってきました。ここで、どんど焼きをしたそうです。団子を焼いて無病息災で食べたそうです。

     

    どんどやき

     


     

    ■宝積寺

     

    宝積寺です。昔は街道沿いのお寺として賑わっていたそうです。左にある松は推定50年の低く平らに伸び続けています。左奥には、村野もと子顕彰碑があります。茅ヶ崎の北側には文化人が多くいらっしゃったとのこと。

     

    宝積寺

     


     

    ■富士見ファーム赤羽根市民農園(農業ふれあい館)

     

    富士見ファーム赤羽根市民農園に着きました。奥には富士山も見えます。この市民農園は人気で、利用待ちの人がずいぶんいらっしゃるとか。農家の方の指導を受けられるので、みなさん野菜が豊作のご様子です。

     

    ファーム

     

    富士見ファーム内に建つ「農業ふれあい館」で休憩タイムです。おそらくこちらで市民が農作業をしたあと休憩し団らんするのでしょう。農家の専門家と一般市民のコミュニケーションの場。市民農園は、まちづくりのひとつの形なのかも知れません。館内には古い木製の農機具も展示されています。

     

    農業ふれあい館

     

    道中のところどころに見かけるピンクの大きな花。参加者から皇帝ダリアと教えていただきました。青空に良く似合います。

     

    皇帝ダリア

     


     

    ■西光寺

     

    しばらくは畑の中、のどかな景色が続いたあと、お寺が見えてきます。西光寺です。市内最古の鐘がつりさげられておりました。多くの石仏などがありますが改めての機会に。一般の方の法事。大勢でご迷惑かけてはいけないとの配慮でした。

     

    西光寺

     


     

    ■墓の越し

     

    お寺を出て、大山道を再び進むと小高いところにお墓が見えてまいります。「墓の越し」と呼ばれてている場所です。この高台にあがると富士山が良く見えるとのこと。

     

    はかのこし

     

    その高台に上がると確かに富士山が見えました。今日は上半身ですね。

     

    富士山

     


     

    ■赤羽根川(神通川とも呼ばれていた)

     

    再び街道にもどり進むと、「今は蓋をされてしまいましたが、このあたりの川は昔、神職以外はシジミや魚を捕ることができず神通川とも呼ばれていました。」と案内がありました。昔はトンボや蛍が飛び交う場所だったそうです。ガイドさんから蓋がされる前の写真を見せていただくと、現在は景観的に少し残念な気がします。

     

    神通川

     

    大山道の散策は後半へ。

     


     

    ■神明大神

     

    神明大神です。鵠沼にあるの神社と深い関係がある源氏のゆかりの神社とのこと。

     

    神明神社

     

    大銀杏が印象的です。この銀杏は新湘南バイパスができるときに伐採の危機に瀕し、住民の反対で何とか維持したとのことです。見事な銀杏の木を見ていると住民の思いが伝わってくるようです。

     

    銀杏

     

    それにしても、神社の参道が新湘南バイパスによって分断されたのは、住民はつらかったのではないでしょうか。陸橋になった参道を見ていると悲しげに見えます。

     

    参道

     

    一の鳥居。その前の道幅(大山道)は江戸当時と変わらないとのこと。4〜5メートルほどでしょうか?

     

    一の鳥居

     


     

    ■本在寺

     

    本在寺です。大岡越前守は衣服をここで整えてから浄見寺へ墓参りに向かったとのこと。

     

    本在寺

     


     

    ■熊野神社

     

    高田村の神社、熊野神社です。前の班に追いつきました。昔の方は神社で御賽銭を入れるだけではなく、まきゼニと言って地域の住民にまいたらしいです。子供たちが集まったとか。

     

    熊野神社

     

    いよいよ最終地点に近づいてきました。通り沿いのお庭の植木も色づいています。

     

    庭

     


     

    ■鷺茶屋跡

     

    こちらは、明治まであった鷺茶屋跡です。当時は「麦とろ」が人気だったそうです。茶屋ではこの先はカッパが出現してお尻をかじられるという噂話があり、来訪者が怖がったらしいです。そういえば、茅ヶ崎には「カッパどっくり」という昔話がありますね。現在、ここには「ガルサブランカ」というマンションがありますが、オーナーが茶屋跡である事を伝えたい思いで名付けたとのことです。

     

    茶屋跡

     

    ここで解散となりました。あっという間の3時間、茅ヶ崎は歩いて楽しいまちですね。ガイドのみなさま、そして社会教育課のみなさま、ありがとうございました。(H.H)

     

     

    | UDCC | 01:02 | comments(0) | - |
    Comment








    Calendar

          1
    2345678
    9101112131415
    16171819202122
    23242526272829
    30      
    << June 2019 >>

    Profile

    Search

    Entry

    Comment

    Archives

    Category

    Link

    Feed

    Others

    無料ブログ作成サービス JUGEM

    Mobile

    qrcode