「富士と大山」撮影会のよう(七堂伽藍跡、茅ケ崎北陵高校そば)
11月26日、七堂伽藍跡碑建碑60周年記念事業の協賛事業として「『遺跡×景観』香川・下寺尾まち歩き」を実施しました。参加者5名。
最高のまち歩き日和でした。国の史跡に指定された奈良時代の下寺尾官衙遺跡群の下には、6千年前の縄文時代前期の西方貝塚、弥生時代の環濠集落があります。富士山と大山の眺めがすばらしい大地に、大昔から人々が手を入れ、暮らし続けてきたことに想いを馳せながら巡りました。
まち歩きの最後は、明治5年創業 145年の歴史を持つ湘南唯一の蔵元・熊澤酒造。レストランとして使われている大正時代の酒蔵や古民家など、素敵な建物群を見学させていただきました。
主催:NPO法人アーバンデザインセンター・茅ヶ崎(UDCC)
協賛:茅ヶ崎市教育委員会社会教育課
七堂伽藍跡碑建碑60周年記念事業実行委員会
まち歩きルート図
JR香川駅前に9時集合。1950年代前半のころは、駅周辺に水田が広がり、小高い山が見えたことを紹介して、出発!
浄心寺南側の砂丘列の上にいます。江戸時代から大正時代の頃の「地形発達史」の図を見ると、同じ砂丘列の上に香川の諏訪神社と玄珊寺、殿山公園そばの八幡神社が建っていることが分かります。
『香川の歩み』(1978年、香川自治会発行)によると「浄心寺は山号を熊澤山というが、昔はお伊勢山と呼ばれた小高い山で、伊勢皇大神宮を祀ったと伝えられ、ここに七面堂があったので七面さんともよばれた」とあります。
駒寄川です。前方にみずき地区の家々、左手が茅ケ崎北陵高校の仮校舎です。駒寄川の流れは、縄文時代より前、先土器時代の「地形発達史」の図でも確認できます。
線路の向こうに下寺尾廃寺(七堂伽藍跡)がありました。約1300年前、茅ヶ崎で最も古い砂丘に古代寺院が建てられていました。道路と畑の高低差は砂丘の痕跡。
下寺尾廃寺(七堂伽藍跡)の南側に延びる東西道路が、今後、注目されそうです。富士山を真西に臨めるポイントで、古代の条里制水田の痕跡かも…。写真左は、みずき地区を宅地造成するにあたり造られた駒寄川右岸調整池。雨が降ったとき、一旦ここに溜めて、ゆっくり下流に流します。
写真右が七堂伽藍跡碑です。12月16日に建碑60周年の記念式典が行われます。
下寺尾廃寺(七堂伽藍跡)からの素晴らしい富士山と大山の眺めに感激!
記念式典を前に、小出地区まちぢから協議会の皆さんが草刈りをしてくださっていました。
下寺尾官衙遺跡群・高座郡家があった台地(小出川に架かる寺尾橋から)
西方貝塚です。縄文時代前期は、ここまで海でした。弥生時代の環濠集落の西端でもあります。南関東地域で最大級とのことです。
高座郡家(郡衙)。茅ケ崎北陵高校旧正門前。
駒寄川の向こう、北C遺跡・篠山遺跡への眺望ポイント。
そして、弥生時代の集落の環濠が通っている場所でもあります。
台地の麓の旧家。
「土を育て野菜と会話し心で作る」伊右衛門農園。後方に見えるのが北C遺跡。三橋家の裏山です。
熊澤酒造に11時到着。ここからは、モキチ・トラットリア ホールチーフの水島さんにバトンタッチ。
ビアブリュワリーの前でビールのお話を伺いました。「人の手で味をチェックしながら作っています。同じビールでも、その年の気候・材料で若干味が違います。自社でホップ栽培を始めました。オール地元産を目指しています」
日本酒の蔵です。いい香りがします。12月7日が初しぼり。その日は夜中の2時から作業します。「日本酒の本来の味が楽しめます」と水島さん。
鎌倉から築450年の古民家を移築したモキチトラットリア。屋根は新建材。屋上でビールも、いいですね〜
中庭でドングリ市、開催中。
東北地方の古民家(築200年)を移築したモキチヴルストカフェ。梁の組み方が関東と雪国の東北では違うとの説明に一同、なるほど。
トラットリアの前で
【参加者の声】
「お天気も良く、富士山、大山もくっきり見えたので、なぜここが要所に選ばれたのかの妄想が膨らみました」
「こんなに身近に歴史上大切なものがあったなんて、百聞は一見にしかずで、興奮した1日でした」
「友人を誘って音声ガイドにも挑戦したいです」
「いつも通っていた道が、昔からの道だったと分かりました。まちをいつもと違う目で見せてもらいました」
「富士山のきれいに見える土地であることに驚きました」
「機会があれば、人力として参加します」
「昔から人々の生活があり、文化があって今がある事を改めて感じました」
「古いものを次世代まで伝承しようとする動きがうれしいです」
⇒ UDCC (10/28)
⇒ 特定非営利活動法人 まちづくりスポット茅ヶ崎 (10/22)